【抜き書きノート】
... 野中郁次郎・他 『失敗の本質』 より
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戦闘とは錯誤の連続であり、より少なく誤りをおかしたほうにより好ましい帰結(アウト・カム)をもたらすといわれる。戦闘というゲームの参加プレーヤーは、次の時点で直面する状況を確信をもって予想することができない。相手がどのような行動にでるか、それに対してこちらが対応した行動がどのような帰結を双方にもたらすかを、確実に予測することはできないのである。このような不確実な状況下では、ゲーム参加プレーヤーは連続的な錯誤に直面することになる。
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ゲームはそれぞれの主体の意図と意図とがぶつかり合う場である。戦争は組織としての国家がそれぞれの意志と意志とをぶつけあい生存をめぐって繰り広げる闘争である。そして、戦闘は組織としての戦闘部隊の主体的意志である作戦目的(戦略)と、その遂行(組織課程)の競い合いにほかならない。戦場において不断の錯誤に直面する戦闘部隊は、どのようなコンティンジェンシー・プランを持っているかということ、ならびにその作戦遂行に際して当初の企図(計画)と実際のパフォーマンスとのギャップをどこまで小さくすることができるかということによって、成否が分かれる。作戦計画の立案とその達成課程において、どちらがより錯誤が少ないかということがポイントなのである。
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いかなる軍事上の作戦においても、そこには明確な戦略ないし作戦目的が存在しなければならない。目的のあいまいな作戦は、必ず失敗する。それは軍隊という大規模組織を明確な方向性を欠いたまま指揮し、行動させることになるからである。本来、明確な統一的目的なくして作戦はないはずである。ところが、日本軍では、こうしたあり得べからざることがしばしば起こった。
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海洋上で、艦艇、潜水艦、航空機の間で展開される近代海戦の場合には、作戦目的が明確でないことは、一瞬の間に重大な判断ミスを誘う。もともと、目的の単一化とそれに対する兵力の集中は作戦の基本であり、反対に目的が複数あり、そのため兵力が分散されるような状況はそれ自体で敗戦の条件になる。目的と手段とは正しく適合していなければならない。「目的はパリ、目標はフランス軍」といわれるのは、この関係を表すものである。
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作戦目的の多義性、不明確性を生む最大の要因は、個々の作戦を有機的に結合し、戦争全体をできるだけ有利なうちに終結させるグランド・デザインが欠如していたことにあることはいうまでもないであろう。その結果、日本軍の戦略目的は相対的に見てあいまいになった。この点で、日本軍の失敗の課程は、主観と独善から希望的観測に依存する戦略目的が戦争の現実と合理的論理によって漸次破壊されてきたプロセスであったということができる。
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事実を冷静に直視し、情報と戦略を重視するという米軍の組織学習を促進する行動様式に対して、日本軍はときとして事実よりも自らの頭の中だけで描いた状況を前提に情報を軽視し、戦略合理性を確保できなかった。
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学習理論の観点から見れば、日本軍の組織学習は、目標と問題構造を所与ないし一定とした上で、最適解を選び出すという学習プロセス、つまり、「シングル・ループ学習(single loop learning)」であった。しかし、本来学習とはその段階にとどまるものではない。必要に応じて、目標や問題の基本構造そのものをも再定義し変革するという、よりダイナミックなプロセスが存在する。組織が長期的に環境に適応していくためには、自己の行動を絶えず変化する現実に照らして修正し、さらに進んで、学習する主体としての自己自体をつくり変えていくという自己革新ないし自己超越的な行動を含んだ「ダブル・ループ学習(double loop learning)」が不可欠である。日本軍は、この点で決定的な欠陥を持っていたといえる。
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組織が継続的に環境に適応していくためには、組織は主体的にその戦略・組織を環境の変化に適合するように変化させなければならない。このようなことができる、つまり主体的に進化する能力のある組織が自己革新組織である。最近の進化論の有力な考え方の一つは、進化の普遍的な原則をこの自己革新という考え方に求めている。組織は、自己革新行動を通じて日々進化をとげていく。軍事組織も、けっしてこの例外ではないのである。
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適応力のある組織は、環境を利用してたえず組織内に変異、緊張、危機感を発生させている。あるいはこの原則を、組織は進化するためには、それ自体をたえず不均衡状態にしておかなければならない、といってもよいだろう。不均衡は、組織が環境との間の情報やエネルギーの交換システムのパイプをつなげておく、すなわち開放体制(オープン・システム)にしておくための必要条件である。完全な均衡状態にあるということは、適応の最終状態であって、組織の死を意味する。逆説的ではあるが、「適応は適応能力を締め出す」のである。
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およそイノベーション(革新)は、異質なヒト、情報、偶然を取り込むところに始まる。
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組織は進化するためには、新しい情報を知識に組織化しなければならない。つまり、進化する組織は学習する組織でなければならないのである。組織は環境との相互作用を通じて、生存に必要な知識を選択淘汰し、それらを蓄積する。
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戦略的思考は日々のオープンな議論や体験の中で蓄積されるものである。
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自己革新組織は、その構成要素に方向性を与え、その協働を確保するために統合的な価値あるいはビジョンを持たなければならない。自己革新組織は、組織内の構成要素の自律性を高めるとともに、それらの構成単位がバラバラになることなく総合力を発揮するために、全体組織がいかなる方向に進むべきかを全員に理解させなければならない。組織成員の間で基本的な価値が共有され信頼関係が確立されている場合には、見解の差異やコンフリクトがあってもそれらを肯定的に受容し、学習や自己否定を通してより高いレベルでの統合が可能になる。ところが、日本軍は、陸・海軍の対立に典型的に見られたように、統合的価値の共有に失敗した。
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日本企業の戦略は、論理的・演繹的な米国企業の戦略策定に対して、帰納的戦略策定を得意とするオペレーション志向である。この長所は、継続的な変化への適応能力を持つことである。変化に対して、帰納的かつインクリメンタルに適応する戦略は、環境変化が突発的な大変動ではなく継続的に発生している状況では強みを発揮する。このような強みは、大きなブレイク・スルーを生みだすことよりも、一つのアイデアの洗練に適している。製品ライフ・サイクルの成長後期以後で日本企業が強みを発揮するのは、このためである。
... 野中郁次郎・他 『失敗の本質』 より